11月になりました。国分寺町を横に通る国道11号線に沿って、両端に植えてあるいちょう並木の葉もだんだんと黄色になってきています。月末にはすべて落ちるでしょうか。国分寺町は低い山に囲まれた地域ですが、秋の深まり、葉っぱの変化と美しさを楽しむ時期を迎えています。上の写真は国分寺町北部の公園でしばらく前に撮ったものです。
毎年、この時期になりますと、一般社会では日本の伝統行事である「七五三」が行われます。この「七五三」の由来 については諸説があるようですが、共通していることは、子どもたちの健やかな成長を願うものです。多くのキリスト教会では日本の伝統的な「七五三」ではなく、「子ども祝福式」あるいは「児童祝福式」というものを礼拝の中で、あるいは礼拝とは別に執り行ないます。なぜ、そのような子ども祝福式を行うのかと言いますと、聖書から子どもたちの存在や意義、子どもたちに対するイエス・キリストの態度を読むことができるからです。ルカの福音書18章16-17節で、イエス・キリストは弟子たちに向かっておっしゃいました。
「しかし、イエスは幼子たちを呼び寄せて、こう言われた。『子どもたちを、わたしのところに来させなさい。邪魔をしてはいけません。神の国はこのような者たちのものなのです。まことに、あなたがたに言います。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることはできません。』」
「子どものように」というのは、「素直」とか「純粋」とかという意味よりはむしろ、小さく取るに足らない者、弱い存在であること、つまり謙遜さと神様への信頼を持っている人を表しているようです。まさに親を信頼しきって、委ねる子どもたちの姿が想像できます。小さな子どもは親を離れては何もすることができません。また子どもたちに対する親の役割も旧約聖書の「箴言」(しんげん)というところや新約聖書のエペソ人への手紙の中にも書かれています。
「父たちよ。自分の子どもたちを怒らせてはいけません。むしろ、主の教育と訓戒によって育てなさい。」
(エペソ6章4節)とあります。子どもと親の関係はこの手紙の6章1節から書かれていますが、この4節は私に対する聖書のことばでもあります。私自身、十分な子育て、しつけができているわけではありませんが、聖書のことばは大人である私たちがいかに生きるべきか、子どもたちにどう接したらよいかを教えてくれます。
このような現代社会の中にあって、まことの神様の恵みと守りの中に、子どもたちが健やかに成長できるように、そしてまことの神様を信じて歩むことができるようにという祈りをもって、教会で行なわれる行事が「子ども祝福式」です。七歳、五歳、三歳という年齢にかかわらず、私たちの教会では何歳であっても毎年この11月に開催します。どの家庭でも、親でも子どもたちの健やかな成長を願うのは当然のことですし、心を込めてお祝いすることも素晴らしいことです。子どもたちは次世代を担う貴重な存在です。その存在がしいたげられたり、子どもたちの立場が尊重されなければ、この社会は今後、どうなっていくでしょうか。
国分寺キリスト教会では、子ども祝福式を含めた礼拝「子どもと一緒の礼拝」を以下の通り行いますので、ぜひ出席していただきたく、ご案内申し上げます。礼拝の中で大人と子ども向けのバイブルメッセージと子ども賛美があります。お子さん、お孫さんを連れて、ぜひいらしてください。
☆2018年11月18日(日)午前10時~11時30分
子どもたちには記念品としてお菓子をプレゼント。もちろんこの日に来られなくても、どの日曜日にいらしても大丈夫です。詳しくは、教会の集会案内をご覧くださり、ぜひご出席ください。
神様からの豊かな恵みと祝福がありますように、心よりお祈り申し上げます。